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京都地方裁判所 昭和51年(わ)785号 判決

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある肥後守一本(昭和五一年押第二三九号の一)を没収する。

本件公訴事実中窃盗の点について被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和五〇年三月に本籍地の高等学校を卒業後、同年四月同志社大学経済学部に入学し、京都市内のアパートに住んでいたものであるが、就寝中の一人住いの女性に対して姦淫又はわいせつ行為をする目的で

第一  昭和五一年二月五日午前四時五〇分ころ、京都市左京区下鴨宮崎町九二番地猪原方の吉田明子の居室にその出入口ドアから侵入し

第二  同月一二日午前四時過ぎころ、同市同区下鴨東岸本町一四番地修学寮一一二号室坂野めぐみの居室の窓から上体を乗り入れて室内に侵入しようとしたが、同女に気付かれ逃走したためその目的を遂げず

第三  同月中旬の午前四時ころ、同市同区松ケ崎東町四番地三宅荘、入江知子の居室にその出入口ドアから侵入し

第四  同年四月一六日午前三時五〇分ころ、同市同区松ケ崎杉ケ海道町二番地野菊荘二〇一号室の酒井美和の居室にその出入口ドアから侵入し

第五  同月二一日午前三時四五分ころ、同市北区出雲路俵町二九番地俵寮二二三号室の中林芳江の居室にその出入口ドアから侵入し

第六  同日午前四時三〇分ころ、同市左京区松ケ崎修理式町一五番地和灯寮三二号室の高橋裕子の居室にその出入口ドアから侵入し

第七  同月二四日午前三時ころ、同市同区下鴨蓼倉町六五番地八清荘五号室の松川加代子の居室にその出入口ドアから侵入し

第八  同年六月一七日午前二時三〇分ころ、同市同区松ケ崎修理式一五番地和灯寮三一号室の鈴木ひとみの居室南側の網戸をはずして同室内に侵入し

第九  同月二八日午前四時ころ、同市北区出雲路立テ本町二七番地柏商事こと柏茂雄方階下の池田朗子(当二三年)の居室において同女の首に所携のナイフ(昭和五一年押第二三九号の一)を突きつけ「やらせないと殺すぞ」等と申し向けて脅迫し、同女の反抗を抑圧して強いて姦淫しようとしたが、同女が抵抗し、さらに、警ら中の警察官に発見されたため、その目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

被告人の判事第一、第三ないし第八の各所為はいずれも刑法一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は刑法一三二条、一三〇条罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第九の所為は刑法一七九条、一七七条前段にそれぞれ該当するところ、右第九の罪は未遂であるから同法四三条本文、六八条三号により法律上の減軽をし、右第一ないし第八の各罪については所定刑中いずれも懲役刑を選択し以上の各罪は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文一〇条により最も重い判示第九の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人の量刑について考えてみるに、本件各犯行は被告人が深夜就寝中の一人住いの女性を姦淫し、あるいは、わいせつ行為をする目的で多数の被害者の部屋に常習的に侵入し、一部の犯行はナイフを使用して強姦未遂にまで及んだもので、その方法は非常に大胆であるのみならず、深夜就寝中に暗やみの中で被告人の侵入に遭遇した被害女性らの驚きと困惑は察するに余りがあり、さらに、右各犯行が近隣の住民に与えた不安感は極めて大きいことなどを考慮すると被告人の責任は決して軽視することはできないのであるが、他面、幸いにも判示第九の強姦行為は未遂に終つており、また、各被害者に対して見舞金を支払う等の慰藉の措置がとられていること、被告人は若年で前科前歴もなく、改俊の情も顕著であり、今後は大学を退学して家業に従事し、両親が被告人を充分に保護監督してゆく旨誓約していることなどの諸般の事情を考慮して被告人を懲役一年六月に処し、なお情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとし、押収してある肥後守一本(昭和五一年押第二三九号の一)は、判示第九の強姦未遂の用に供したもので犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収することとする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実のうち窃盗の点は

「被告人は昭和五一年六月二八日午前三時二〇分ころ、京都市左京区下鴨蓼倉町三七の五菊池ちえ子方ガレージ内において、同人所有の足踏自転車一台(時価約七〇〇〇円相当)を窃取したものである。」

というのである。

よつて検討するのに、被告人の検察官(一通)及び司法警察員(二通)に対する各供述調書(検甲第一九号、第一六号、第一八号)、菊池ちえ子の司法巡査に対する供述調書(検甲第六号)、菊池ちえ子作成の被害届(検甲第三号)、司法警察員の実況見分調書(検甲第二号)によれば、被告人が昭和五一年六月二八日午前四時前ころ、自己の居住するアパートから約五〇メートル離れた菊池ちえ子方のガレージから同人所有の足踏自転車一台を持ち出したことを認めることができる。

しかし、窃盗罪が成立するためには、行為者において不法領得の意思、すなわち、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその物の経済的用法に従いこれを利用し又は分する意思を要すると解すべきところ、被告人の当公判廷における供述、被告人の検察官(一通)及び司法警察員(四通)に対する各供述調書(検甲第一九号、第一六号、第一八号、第四八号、第四九号)によると、被告人は就寝中の一人住いの女性を姦淫しようと思い立ち、当時深夜で他に適当な交通機関もなかつたため、当日午前四時前ころ自分の住んでいるアパートから約五〇メートル離れたところにある右菊池方へ行き、同家のガレージ内にあつた無施錠の二台の自転車のうち一台を無断で持ち出し、そこから約二キロメートル離れた判示第九記載の犯行現場へ直行し、約一〇分で右現場に到着したこと、そして、右犯行現場である家の出入口に乗つて来た自転車を止めて判示第九の犯行に及んだが、警察官に発見逮捕され、同時に、自転車を無断で持ち出していることが発覚したこと、被告人は以前から同種の犯行を重ねていたが、最初の下宿からアパートへ引越した昭和五一年四月までは自分の自転車を持つていたので、これに乗つて判示第一ないし第三の犯行現場へおもむいていたが、右アパートに引越した以降は友人に自転車を譲り、しかも、犯行時間が深夜で他に適当な交通機関もなかつたため、右菊池方のガレージ内にあつた二台の無旋錠の自転車のうちいずれか一台を無断で持ち出し、これに乗つて犯行現場に出かけ、犯行後は右自転車を元のガレージに戻してから帰宅していたこと、被告人は自転車を住居侵入現場へおもむくための交通機関としてだけではなく、侵入現場から逃走するための手段とも考えており、自転車で出かける際には、常に侵入した家屋の出入口やその付近の路上に右自転車を止めていたこと、とくに、判示第八の犯行の際には、右菊池方から持ち出して乗つて来た自転車を犯行現場の門の外に置いて部屋に侵入したが、さわがれたため一旦外へ逃げ、付近で約一〇分くらい隠れていた後、右自転車が気になつて、止めてある門のところまで取りに行つたところ、住人に発見され、停止を命じられながらも、右自転車に乗つて逃げ帰つたこと、判示第四ないし第六、第八、第九の各犯行現場はいずれも被告人のアパートから自転車で約一〇分前後の距離にあり、判示第四ないし第六、第八の各犯行については、いずれも犯行後直ちに自転車を元の場所に戻した後に帰宅していること、判示第九の犯行についても、犯行現場の出入口に自転車を止めたうえ侵入していることからみて、これを乗り捨てる意思はなく、警察官に逮捕されたため、結果的に元のガレージに戻せなかつただけであること、右菊池は自己所有の自転車を被告人が再三にわたり無断で持ち出していることに全く気付いていなかつたことが認められ、右諸事実に照らすと、被告人は、右菊池方から自転車を無断で持ち出す際には、右自転車を使用した後に元の場所に返還しようと考えていたものであつて、これを乗り捨てる意思はなく、また、被告人が予め決めていた目的地までは距離にして約二キロメートル、自転車で約一〇分程度を要するだけで、さほどの距離はなく、さらに、仮に被告人が警察官に逮捕されることなく帰宅できたとすると、右自転車を無断で持ち出してから元のガレージに戻すまでの時間は従前の例からみて最大限二、三時間を越えるものではなく、その間の自転車の消耗も考慮に値いしないほど軽微であることなどからみて、被告人の右自転車の無断持ち出しが検察官主張の如く住居侵入、姦淫という違法目的であつたとしても、これをもつて被告人が右自転車の所有者を排除するまでの意思を有していたとみることはできず、むしろ、単に一時的に使用するために右自転車を自己の占有に移したとみるのが相当であるから、被告人には不法領得の意思を認めることはできない。

そうすると、本件窃盗の点は結局犯罪の証明がないことになるから刑事訴訟法三三六条により、被告人に対して無罪の言渡しをする。

よつて、主文のとおり判決する。

(村上保之助 隅田景一 安原清蔵)

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